講演・シンポジウム

聴講記

 去る6月10日、東京都内で「大量死時代の終末期医療〜看取りをどうしますか?」という公開シンポジウムがありました。私も聴講しようと会場に出かけましたので、その内容などを記しておこうと思います。主催は「一般社団法人全国医師連盟」という団体。勤務医を中心とする全国組織だそうです。シンポジストは医師、福祉施設等事業者、それに国会議員でした。なお、シンポジウムの様子はネットでも公開されています。http://zennirenn.com/

大量死時代の到来

まず、主催者側から中島恒夫代表理事が挨拶。人口問題研究所のデータを引き、いわゆる806万人もの団塊の世代が今後、高齢期にさしかかり、医療的ケアが必要になってきた場合、病院や診療所が一杯になってしまうのではないかと指摘しました。
ご存知のとおり、病院は本来、病気を治療するところであって死ぬところではありません。しかし、病院で亡くなる人が多くなっているのが現実です。もちろん、病気を最期まで闘い、その結果として病院で亡くなってしまうのは仕方のないことです。しかし、病院の死というものが、本当に治療が必要な人であって、その結果として死を迎えているかといえば必ずしもそうではないでしょう。
とはいえ、今後、人口の高齢化で死ぬ人が多くなっていく中で、病院はそうした人を受け入れていくことができるのか、中島さんはそんなにたくさんの人を看取る余裕は病院にはないというわけです。来るべくして来る「大量死」には病院はもう受け入れることが難しくなる。ではいったいどこで最期を迎えるかというと、もはや自宅(在宅)かはたまた運良く入れた介護施設か。
 ともあれ、中島代表は、自らがどういう最期を迎えるのか明らかにしておくべきだと指摘します。医療者が最期を決めるのは差し出がましいこと。「最期のシナリオ」を準備しておくことが大切だと述べました。「望まない治療、望まない最期は不幸である。皆さんが選択する時代です」と挨拶を締めました。

緩和ケアと急性期病院

いよいよ本論へ。まずは在宅医療の現場から長野県で緩和ケアを実践されている愛和病院の平方眞副院長からの報告でした。平方医師によれば2000年での死者数を1とすると2030年には1.7倍にまで増えるとのこと。これは先に述べたとおり団塊の世代が大量に高齢化するためです。
 緩和ケアの現場で亡くなった人の数は、たとえばがんで診断された人が2005年の時点で、男性が39万人、女性は29万人だったそうです。これは2001年と比べて男性6万人、女性4万人の増加です。今後も増加傾向はしばらく続くことになるわけですが、がんの最期というと痛まない人もいれば痛む人もいる。もちろん急変することもあるそうで、そうした痛みや苦しみをとって欲しいというニーズが年々多くなっているとのこと。
当地では平方医師ら緩和ケアのグループは急性期病院と連携し先進的な取り組みを行っていますが、それももはや限界に近く、緩和ケアや看取りのニーズが増えていく中で、安心した看取りが可能かは疑問だと指摘しました。緩和ケアと急性期病院との連携が必要だと言っても、実際には空きベッドや人材の確保などさまざまな課題を抱えていて、脱落していく医療従事者のほうが多いのではないかというのです。私たちは「看取り」についてもっと真剣に考えなければいけないのではないでしょうか。

在宅医療の今後

それを裏付けるような発表を行ったのは、東京都内で在宅医療を行っている「祐ホームクリニック」の林恭弘院長でした。林院長によるといわゆるホスピスが普及しはじめた1980年代になって緩和ケアの考え方が浸透していきました。つまり自宅でも終末期を送ることができるようになり、1990年代に入って「病院から在宅へ」という流れができたということです。さて、最近の在宅医療は、往診専門のクリニックというのが増え、個人宅を一軒一軒訪問したり、老人介護施設なんかを回って診療することが多くなっているそうです。その場合、移動することの時間のロスがバカにならず、今後はいかに効率よく診療していくかが課題になるようです。で、いまも昔も病院はいつも患者さんで混雑していますが、働く側の医師からするとそれは過重労働そのものです。どうしてそんな状態になったかといえば、患者さんが増えたこと。林さんは、たとえば20年前に比べ日本の患者数は1.5倍になっていますが、病院も医師もそんなに増えてはいない。さらにこれから40年後には患者はいまの2倍になると予想されています。もちろん医師は2倍にはなりません。単純にこれから病院に入れる患者は減っていき、では在宅で診察できる患者にも限界がある。すると「あふれる」患者が出てくるわけです。医師が増えないのは当然でしょう。日本は人口が減る時代です。医学部定員を増やすといってもたいした人数は増えません。そもそも人口減の時代に医師になろうという人をどうやって増やすのか。至難です。林さんは、在宅などの終末期医療は今後集約されていき、往診専門クリニックのチェーン化が進むと予想しています。そうやって限られた人的資源を効率化していかないと、もうやっていけないのです。

看取りについて

 臨床の現場からはもうひとり、産業医でもあり千葉県君津市で救急医療に携わっている吉田明子先生の報告がありました。吉田先生は人の死のいわば‘待ったなし’の状況に疑問を呈します。死生観はさまざまですが、誰にも看取られることなく死んでいくよりも家族に囲まれて最期のときを迎えるためにはどうすればいいのか。それは病院で死ぬか自宅で死ぬかということとは次元の異なる問題です。たとえば、90歳を超えて介護施設に入っていた利用者がある日のこと危篤を迎えようとします。病院に搬送されてきた際同行してきた職員に聞くと、もう3日も前から何も食べていなかった。心配だから診て欲しいというわけですが、先生が呼びかけてももう反応も少なくなっている。家族と連絡は取れているか尋ねてみても、そんなことは念頭にない様子の職員と、まるで看取りそのものが介護の現場には存在しないような状況に危機感を感じるというわけです。 その一方では、事故や病気でたとえ子どもであっても若くて亡くなることはある。また、近年は、気管挿管など医師の監督下でできる救命救急士の業務が増え、院外心停止の事例も増えているそうです。病院での看取りというのは、高齢者だけのものでは決してないということを改めて気づかされますが、ときに病室で身内を看取ろうと集まったとしても、そこではただ心電図モニターに見入っている家族の姿を見ることがあるといい、それは、死にゆくそのときの意味というものを私たち現代人は、本当にわからなくなっているのではないか、そんな疑問をも抱かざると得ませんでした。

最期は自分で決める

吉田先生は、いくら元気な人であっても死はある日突然やってくる。いつ、どこで、どのようになるかは誰にもわからない。もし、万が一のことが起きてからでは、家族はパニックの中での判断を強いられることになる。だからこそ、日ごろから自分はどのように最期を迎えたいのかを周囲に知らせておく必要がある。そのように強調されていました。リビングウイルや事前指示書が今後どのような形になっていくかは不透明な部分がありますが、もしそうした書類を作成したとしたら、決して金庫の中にしまっておくのではなく、コピーを常に携帯しておくことなども大切です。そして自分の最期はこうして欲しいと家族や周囲には話しておくといった準備が求められます。同時に、自分にとっての終の居場所をどのようにしておくか、どこで最期を迎えるのか、そうしたことをいま一度考えておくことが必要なのではないでしょうか。(倉)
全国医師連盟はコチラhttp://zennirenn.com/
シンポジウムの動画はコチラ http://www.gakkaitv.net/zeni2012/index.html

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